アーティストの頭の中:同じ山を描き続けた男

こんにちは。

一社)日本アート教育振興会の石川です。



「自然を円柱、球、円錐によって扱いなさい。
すべてを遠近法のうちに置き、それぞれの物体、
平面の各辺が中心点へ向かうように。」

―― ポール・セザンヌ
エミール・ベルナール宛書簡(1904年4月15日)


この一文だけを読むと、
どこか難解で、冷たい印象を受けませんか。


まるで数学の話のようだ。
円柱、球、円錐。

山も木も家も、
図形として考えなさい。

そんな教えにも聞こえる。

けれど、この手紙を書いたセザンヌは、
決して机の上だけで絵を考えていた 画家ではなかった。


南フランス、エクス=アン=プロヴァンス。


街の東にそびえるサント=ヴィクトワール山は、
幼い頃から彼の暮らしの中 にあった。

天気が変われば色が変わる。
朝には青く、
夕方には紫に染まり、 
雨上がりには空気の湿りまで映し出す。

決して劇的な山ではない。
だからこそ、毎日違う。


セザンヌは、その山を何度も描いた。
油彩だけでも数十点。
水彩を含めれば、
生涯を通して繰り返し筆を向けている。


同じ山を、
何十年も。


新しい景色を探すこともできたはず。

当時の画家たちは、
異国へ旅をし、 
都会を描き、
新しいモチーフを求めていた。

それでも、セザンヌは山へ向かった


なぜか。
その答えを、彼自身は明確には書き残していない。


けれど、ベルナールへの手紙を読んでいると、
彼が知りたかったのは「何を 描くか」ではなく、
「どう見えているのか」だったようにも思えてくる。

自然は、
本当に目に映るまま存在しているのだろうか。

木は一本の木として見えているのか。
光が当たれば色は変わり、
立つ場所が変われば形も変わる。


私たちは、
何を「見た」と言えるのだろう。


「自然を円柱、球、円錐によって扱いなさい。」

この有名な言葉は、
自然を単純化しなさいという意味で 紹介されることが少なくない。

しかし、書簡全体を読むと、
セザンヌは自然を単純にしたかったというより 、
自然をどう理解すればよいのかを探し続けていたようにも受け取れる。

円柱も、
球も、 
円錐も、

答えではなく、
自然へ近づくための手掛かり。

そんな可能性もあるのではないだろうか。


1906年10月。

セザンヌは屋外制作の途中、
激しい雨に打たれた。

体調を崩しながらも制作を続け、
その数日後に亡くなる。

最後まで、
自然の前に立ち続けた人生だった。


彼はついに、
自然を理解できたのだろうか。


それは誰にも分からない。

けれど、一つだけ確かなことがある。

彼は「分かった」とは言わなかった。

だから描き続けた。

同じ山を、
昨日とは違う山として。


好奇心とは、
まだ知らない場所へ向かうことだと思っていた。

けれど、セザンヌを見ていると、
そうではないのかもしれない。


昨日見た景色を、
今日は違う目で見ようとすること。

見慣れたものの中に、
まだ見えていない何かがあると信じること。


そんな静かな探究心こそ、
彼を何十年もサント=ヴィクトワール山へ通わせたのではないだろうか。

もしそうだとしたら。

私たちの日常にも、
まだ見えていない風景が、 
案外たくさん残っているのかもしれない。


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