ゴッホの描いた「休息」

こんにちは。
一社)日本アート教育振興会の石川です。

 今日は、この作品を取り上げてみたい。
この絵には「室内の様子」 が描かれている。

部屋には、まだ誰もいない。

黄色い木のベッド。
同じ形を した二脚の椅子。
壁に掛けられた肖像画。
閉じられた緑色の窓。

ベッドは画面の奥に向かって伸びているが、
遠近法はどこか不自然。
床も壁も、静かに傾いているように見える。

 
この絵は
ヴィンセント・ファン・ゴッホ
《アルルの寝室》

この絵について、
ゴッホは、弟のテオに宛てて
一通の手紙を書いている。

「今度は、ただ単に僕の寝室 だ。

しかし、ここでは 色彩
すべての役割を果たさなければならない。

 

物を単純化し、

それによっていっそう大きな様式を与えることで、
休息、あるいは眠りそのものを思わせるものにしたい。

要するに、この絵を見ることによって、
頭が――いや、 むしろ想像力が休まるようでなければならない」

ここでこの絵が

・自室であること
・色彩に役割があること
・休息の場であること

というゴッホの意図を読み取ることができます。

興味深い単語がいつくかあるが、
ここでは「休息」 という言葉をピックアップしてみたい。

この絵に描かれた「休息」は、
なんのことなのだろうか。

きっと身体的な休息ではないだろう。

例え、この絵画の上で寝転がっても、
木枠が壊れるか、カンヴァスの角があたって痛そうだ。

では、モチーフからの想像か?

例えば、ベットのモチーフを見て

「就寝」という休息時間を追体験する。

ただ、この書簡のとても興味深い点は

頭が――いや、むしろ想像力が休まる 」

ということ。

 

身体や、追体験ではなく「想像力の休まる場」。

そしてさらに注目したいのは

「いっそう大きな様式を与えること」で
休息を思わせる
ということ。

「様式」というと

「ルネサンス」や「ゴシック様式」

という言葉が頭をよぎる。

もし、そういった「確立された『スタイル』」を

眠らせる、ということか?

それは「スタイル」という枠の中での「想像」を 休息(=やめさせる)ということか?

そもそも、「確立されたスタイル」の中で
「自室」とはどんな文脈を持っているのだろうか?

 

・プライベート空間?
・誰の「自室」なのか?

 自室が「その人の趣味や嗜好」を反映しているのであれば

「私はこんな人間である」という提示も可能だ。

そもそも「自室を描く」というに
どんな解釈をすることができるだろうか。

誰もいない『自室』。
色彩が持つ『役割』。

この部屋に描かれている「休息」とはなんなのか。

ぜひみなさんも、思いを巡らせてみてくださいね。

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