絵画の色はどこから来たのか?

 

おはようございます!

一社)日本アート教育振興会の河野です。



今日は過去のアート作品
中でも
にフォーカスを当ててみましょう。

あなたが作品をみるとき、きっとそこに物語を感じたり、

作者の人生に思いを巡らせることがあると思います。

ですが絵画にはまた異なる物語も潜んでいるのです。

 

それは、「色の物語」です。

 

キャンバスに鮮やかに浮かぶ青、深く光る赤、柔らかな黄色。

 

これらの色が「どこから来たのか?」と考え調べ始めると、

それは単に「顔料の原料」をたどるだけにとどまりません。


そこには古代の知恵、交易の道、科学の進歩、国家の発展、

そして人間の欲望や執着
が深く関わっています。

 

今回は「絵の具の材料」と「国の発展」
という2つの視点から、

“色”がどのように美術史を彩ってきたかをご紹介したいと思います。

古代:色は自然と神に近づくための手段だった

色の歴史を語るとき、まず触れておきたいのが古代文明です。


最古の人工顔料
として知られるのが、古代エジプトの「エジプシャンブルー」

これは銅、砂、石灰などを高温で焼成し、粉末状にしたもので、

紀元前2500年ごろにはすでに王族の墓や彫刻に使われていました。

なぜエジプト人が人工の青を必要としたのか?


青は自然界にはなかなか存在しない色で、

空や水のように「遠く」「神聖なもの」と結びついていたのです。


つまり青い色を持つことは、「神に近づく」ことを意味していました。

 

同様に、赤には「命の象徴」
としての力が宿っていました。

古代ローマでは「シナバー(辰砂)」という

鉱石を粉砕して得られる赤が多く使われましたが、

これには水銀が含まれており、毒性が非常に強いものでした。

 

それでもなお使われ続けたのは、

赤がもつ力強さと権威の象徴としての価値ゆえでした。

中世〜ルネサンス:青は黄金より高価だった?

中世ヨーロッパに入ると、

色はさらに「経済」と「宗教」
に深く関わるものとなっていきます。


中でも象徴的なのが
「ウルトラマリン・ブルー」

この絵の具はラピスラズリという貴重な鉱石を砕いて作られ、

アフガニスタンの山岳地帯でしか採れませんでした。

そのため、この青は金よりも高価
な素材とされ、

普通の画家が気軽に使えるものではありませんでした。

 

絵画においてこの青が使われるのは、

聖母マリアの衣に限られることが多く、

それだけで作品の宗教的価値が一段と高まることも。

ここで見えてくるのは、

色の「象徴性」と「資源の偏在」

密接に絡み合っていたという事実です。

 

すなわち、ある色を使うことができるのは、

それを手に入れる経済力と、

その色に意味を持たせる文化背景を持つ国や時代だけだったのです。

大航海時代:色が“国力”の象徴となる

15世紀から始まった大航海時代は、

色の世界にも大きな変革をもたらしました。

 


たとえば、

スペインは中南米で
「コチニール(エンジ虫)」という虫から

深紅の染料を得る技術を持ち帰りました。

 

これは非常に鮮やかで退色しにくく、

ヨーロッパ中の上流階級に重宝されました。

 


イギリスはインドから
「インディゴ(藍)」を手に入れ、

青色の需要に応えます。

 

これらの色は、単なる染料や顔料ではなく、

「帝国の支配の証」でした。


植民地から得られる資源をもとに、美術作品だけでなく、

衣服や建築、装飾にまで色の支配が広がっていった
のです。

 

交易によって色の選択肢が増えたことで、

画家たちの表現も豊かになっていきます。

産業革命:偶然から生まれた化学の色たち

19世紀に入り、産業革命と化学の発展
が芸術の世界にも大きな影響を与えました。


たとえば
「プルシアンブルー」は、

ベルリンの職人が偶然発見した人工顔料で、

鉄化合物による鮮やかな青が特徴です。

 

これにより、高価だった天然の青に頼らずとも、

美しい色を手に入れることができるようになりました。

 

また、1856年、イギリスの化学者ウィリアム・パーキンが

マラリア薬の研究中に偶然発見した「モーブ(紫)」は、

史上初の合成染料として話題を呼びました。


この発見がもとになり、
色は一気に「化学の時代」へ突入します。



絵の具も、安価・安定・安全な合成顔料が主流
になり、

画家たちがより自由に色を選べるようになります。

 

ここに至ってようやく、


色は「限られた人のもの」から、

「誰でも使えるもの」へ

 

 

と変わっていったのです。

現代:色は“物語”を知る入口

私たちが今、気軽に使っているチューブ入りの絵の具。

 

それぞれの色には、こうした長い歴史が積み重なっています。

 


そして絵画修復の現場では、作品に使われた色を調べることで、

どの時代に、どんな材料で、どんな意図でその色が選ばれたのかを知ることができます。

 

色はただの「見た目」ではなく、文化や歴史を物語る「証拠」なのです。

 

たとえば、マリアの青が

ウルトラマリンであれば、

それは
高価な注文を受けた特別な作品だったことがわかりますし、


モーブ
が使われていれば、

それは19世紀以降の作品
だという推測も可能です。

 


時に、修復の現場では顔料を調べることで、

偽物か本物かを見極める判断材料になることもあります。

絵を見るとき、ただ「きれいだな」と思うだけでも十分に楽しいものです。

 


けれど、もし

「この青はどこから?」

「この赤は誰が届けたのか?」

 

と、色の裏側にある物語を想像してみたら

 

─きっとその絵は、もっと深く、もっと豊かに私たちの心に残るはずです。

 

色は単なる装飾ではなく、歴史の断片であり、人間の営みの集積なのです。

 

次に美術館で絵画を眺めるときには、

ぜひ“色の物語”にも少し思いを馳せてみてください。

 

関連記事

TOP
お問合せ 講座一覧 メルマガ登録 Topへ