こんにちは。
一社)日本アート教育振興会の塚越です。
皆さん、雨の日は何をしますか?
私は映画を見るのが好きなのですが、
中でもMARVEL映画やSFのジャンルが好きです。
MARVEL映画と言えば、
アイアンマンやキャプテンアメリカが有名ですが、
個人的な注目ポイントは悪役の描かれ方です。
「ただの悪人」として描かれるのではなく、
彼らには、彼らなりの“正しさ・正義感”が見えます。
例えば、
地球の人類の半分を消そうとしたサノスは
「資源の枯渇から宇宙を救うために、人口を半分に減らすべきだ」
と信じていました。
裏切りを繰り返すロキは
「父や兄の影に隠れて、ずっと認められなかった自分」
をどうにか証明しようとしていました。
悪役の彼らが起こした行動は、
一般的には”悪事”などと言われ、
どれも間違っているとされる行動かもしれません。
けれどそこには、
「彼なりに守りたかったもの」
「信じていた何か」
があったのだと分かります。
その意志の強さや、自分の信念を貫く姿が見えるからこそ、
悪役にも、ヒーローとおなじようにファンがいるのではないでしょうか。
私たちはつい、
「正しいか、間違っているか」
で人を判断しがちです。
でも、その行動に至るまでの背景や、
その人が抱えていた“痛み”を想像してみると、
見える景色が変わってくることがあります。
この視点は、人と関わるときにもとても大切です。
たとえば、ある子どもが暴言を吐いたとき。
「それはいけない」と注意する前に、
「この子、何か嫌なことがあったのかな?」
「どうしてそんな言い方をしたんだろう?」
と、行動の“背景”を見る目を持てたなら、
コミュニケ-ションの質は変わっていくかもしれません。
“正しくないと見える行動”の裏に、
“その人なりの正しさ”が隠れていることもある。
一見ヴィランに見えるその瞬間も、もしかしたら、
自分を守るための必死の表現だったのかもしれません。
きっと誰だって、
他の誰かからは“悪役”に見えていた瞬間があったはずです。
だからこそ、「この人は悪い人」と決めるのではなく、
「この人にはこの人なりのストーリーがあるかもしれない」と思えること。
それが、共感や対話を生む、心の土台になるのだと思います。