なぜ人は”美術館”をつくるのか?— 美術館のはじまりと西洋的背景
こんにちは。
一社)日本アート教育振興会の石川です。
一緒に「美術館」について考えてみませんか?
今年の3月ごろ、
「DIC川村記念美術館」が閉館する
というニュースがありましたね。
多くの人がSNSで
「やめないで!」
「こんなに素晴らしい美術館なのに」
と声をあげていましたね。
私もその声の一つひとつに心を動かされながら、
「ああ、美術館って
こんなにも多くの人にとって大切な場所なんだ」
と改めて気づかされました。
でも、そもそも「美術館」って、どこから来たんでしょう?
そして、なぜ私たちは
こんなにもその存在に惹かれるのでしょう?
【フランス革命と「美術館」というアイデアの誕生】
実は、美術館という仕組みが生まれたのは、
18世紀末のフランスなんです。
それまで絵画や彫刻といった芸術作品は、
貴族や王族、教会など限られた人たちのものでした。
つまり、
一般の人々が自由に見られるものではありませんでした。
ところが、1789年のフランス革命で
その構造が大きく変わります。
王様の財産だった美術品を
「国民のもの」として開放しよう
という動きが生まれたのです。
その象徴的な出来事が、
1793年、ルーヴル宮殿に「ルーヴル美術館」が開館したこと。
これが、
世界初の「一般公開を前提とした国立美術館」
とされています。
ここには、「芸術をすべての人の手に」
という強い思想が込められていました。
美術館は、ただ作品を展示する場所ではなく、
市民のための“教育装置”としての役割を
持って生まれてきたのです。
【「見る」だけじゃない、“学ぶ”ための場所】
この「教育としての芸術」という考え方は、
その後の美術館づくりに大きな影響を与えます。
産業革命が進む中で、
識字率の向上や教育制度の整備とともに
「目で学ぶ」「感性で学ぶ」というアプローチが
広がっていきました。
教室の外で学べる場所として、
美術館や博物館が増えていったんですね。
さらに19世紀以降、多くのヨーロッパ諸国で、
美術館は国のアイデンティティを表現する場にも
なっていきます。
国がどんな文化を大切にしているのか、
どんな美的価値を共有しているのかを、
展示を通じて語る場所となったのです。
【そして今、改めて「なぜ美術館が必要なのか?」】
こうして生まれた「美術館」という装置。
それが日本に渡り、
今では全国に数えきれないほどの美術館があります。
けれど、DIC川村記念美術館のように、
その存在を維持することが難しくなるケースも
少なくありません。
経済的な理由や人員不足、
来館者数の減少…
さまざまな課題が現実として存在します。
それでも、あれほど多くの人が
「閉館しないで」と声をあげたのは、なぜでしょう?
きっとそれは、美術館が
ただ「ものを見に行く場所」ではなく、
自分自身と向き合う場所であり、
人と出会い、心が耕される場所だからではないでしょうか。
【美術館は、私たちの「未来の学校」かもしれない】
静かな展示室で、自分のペースで作品と向き合う時間。
誰かと感想を語り合う中で生まれる、ちいさな発見や違和感。
そんな体験が、
日々の生活や人間関係に
深く影響を与えてくれることがあります。
学校や家庭では伝えきれない
「感性の教育」や「問いを持つ力」が、
美術館の中にはあるのかもしれません。
だからこそ、美術館という場所を、
私たちは無意識のうちに
「残したい」「守りたい」と思うのでしょう。
次回は、そんな美術館が
「どのように日本に取り入れられ、
どんな「国策」として活用されてきたか」
をテーマにお届けします!
今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
それでは、また次回お会いしましょう。