【後編】どう描く?日本の顔


こんにちは。


一社)日本アート教育振興会の河野です。

以前の記事では、
西洋の肖像画が“個人の証明

として描かれていたことをご紹介しました。

写実によって、
ひとりの人間の内面や地位、

生き様までを絵に刻む文化です。

今回は視点を日本に移し、
江戸時代の浮世絵がどのように

「人の顔」を描いてきたのかを探っていきます。

江戸時代、
都市に暮らす庶民たちのあいだで大流行したのが、

木版画による「浮世絵」
です。

 

風景画や美人画などさまざまなジャンルがありますが、
なかでも高い人気
を誇ったのが

「役者絵」や「大首絵(おおくびえ)
と呼ばれる人物画です。

浮世絵において何よりも大切にされたのは、

「リアルに似ていること」ではなく、
“その人らしく見えること”。

それは、写実的な顔立ちではなく、

あ、この人らしい表情!

この芝居のあの場面だ!

と、見る人の中に印象や記憶をよみがえらせることを
優先していたからです。

浮世絵の“顔”の力を語るうえで欠かせないのが、
浮世絵師・
東洲斎写楽の存在です。

とくに有名な《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》では、

役者が見得を切る決定的な瞬間を、

大胆に切り取っています。

 

顔は大きく画面にクローズアップされ、
目は吊り上がり、

手はぐっと前へ突き出され、

表情はまさに緊張感の頂点です。

一見すると誇張されすぎて不自然にも見えますが、
そこには

“演技の迫力”や“舞台の空気”を紙面から伝える”

という強い意図があるのです。

 

このように、
写実性よりも演出や印象を重視した人物描写は、

役者の魅力を最大限に引き出す「舞台外の演技」とも言えるかもしれません。

浮世絵の“顔”は、芝居の世界だけではなく、歴史上の人物にも及びました。

たとえば、歌川国芳が手がけた
『国芳の無双』コレクションには、

織田信長を描いた武者絵があります。

 

国芳の信長も、実際の顔立ちとは異なるにもかかわらず、
見る者に
「信長らしい」と思わせる造形で描かれています。

それは写楽が役者の“演技らしさ”を描いたように、

国芳も“英雄らしさ”
を描いたのです。

このように浮世絵は、誰かの「事実の顔」ではなく、

時代が人に期待する“らしさ”を投影する舞台装置として

機能していたとも言えるでしょう。

さらに忘れてはいけないのが制作方法です。

浮世絵の大きな特徴は、
一枚絵が大量に複製可能だったこと
です。

絵師が描いた下絵を、
彫師が木版に写し取り、

摺師が色を重ねて印刷する



この分業によって、

浮世絵は庶民でも手が届く価格で手に入れることができました。

役者絵は、まさに
ブロマイド」や「映画のスチル写真」のような存在でした。

お気に入りの役者の名場面を、
家に飾ったり、

友人と見せ合ったりする楽しみ方も広がりました。

つまり顔を描くことは、
“その人を称える”と同時に、

“共有する喜び”でもあったのです。

 

浮世絵の人物表現は、
線のリズム、

構図の面白さ、

表情のデフォルメによって、


「その人らしさ」を見事に抽出します。

写実にこだわらないからこそ、
演技や美しさ、

力強さといった その人物の“魅力の本質”
に迫ることができるのです。

 

西洋の肖像画が、
「私はこういう人間である」

と宣言する“固定された自己像”
を描いていたとすれば、

浮世絵は、
「あの人ってこういう雰囲気だよね」
と語り合うような、
“関係性のなかで浮かび上がる顔”
を描いていました。

 

それは現代にも通じます。

私たちはSNSやプロフィール画像で、
似顔絵や記念写真、

アイコンなどさまざまな“顔”を使い分けています。

時には「らしく見せたい」

時には「親しみを持たれたい」

そんな想いのなかで、

“どう見られたいか”を自分で選ぶ時代を生きています。

 

顔を描くという行為には、

その文化が人間をどう捉えてきたかが如実に表れます。

西洋では、 「顔=個人の証明」であり、

ひとりひとりが固有の存在として描かれました。

日本では、 「顔=らしさの表現」であり、

見る人との関係性の中で共感される存在として描かれました。

どちらが正しいというわけではありません。

どのように“顔”を描きたいか、描かれたいか。

その選択の中に、その人自身が現れるのだと思います。

 

JEARAでは、
入社希望の方に提出していただく写真として、

いわゆる証明写真ではなく、

“あなたらしさ”が伝わる一枚

をお願いしています。

笑顔の写真、
旅先で撮ったお気に入りの一枚、

何かに夢中になっている一枚。

そうした写真の中にこそ、
文章だけでは伝えきれない“その人らしい空気
が宿っていると、
私たちは考えています。

絵筆であれ、レンズであれ、どんなメディアでも、

顔にはその人の想いが表れるのではないでしょうか。

 

あなたはどんな一枚を選びますか?

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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