描かれた瞬間から始まった崩壊『最後の晩餐』


おはようございます。

一社)日本アート教育振興会の河野です。

以前、「アートに登場する食べ物たち」というテーマで
『最後の晩餐』
をご紹介しましたが

今日はまた別の視点から見ていきたいと思います。





私が大学二年生になる前の春休み、
初めて『最後の晩餐』を見たときのことを、
今でもよく覚えています。

 

イタリア・ミラノ、
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院。

絵の前に立った瞬間、何か荘厳な空気に包まれるような感覚がありました。

 

でも、その姿は想像していたような“完璧な絵画”ではありませんでした。

使徒の顔は淡く、背景はところどころ色褪せ、

イエスの足元に至っては絵そのものが存在していません。

 

これが本当に、あのレオナルド・ダ・ヴィンチの作品なの???
と疑問も同時に抱いたことをよく覚えています。

 

『最後の晩餐』は1495年から1498年にかけて描かれた作品です。

通常、壁画といえば「フレスコ画」と呼ばれる、

漆喰がまだ湿っているうちに描く技法が主流です。

 

しかしダ・ヴィンチは、より繊細な筆致と陰影表現を求め、
「乾いた壁にテンペラと油絵具を用いる」という革新的な方法を選びました。

しかしこの技法は、絵具が壁と密着しづらく、
早い段階から剥落が始まってしまいます



17世紀には既に大部分が薄れ、

18世紀には「修道士が自分たちで描き直した」
という記録まで残るほど。


誰もがこの絵の行く末を憂えていました。

 

そして、1943年。
第二次世界大戦の空爆によって、修道院の食堂は直撃
を受けます。


屋根は吹き飛び、壁は崩れ、

修道士たちの必死の防御がなければ

『最後の晩餐』は跡形もなく消えていたでしょう。

現地では、爆撃直前に絵の前に土嚢を積み上げ、木の板で覆い、何重にも保護
するという迅速な対応が行われました。


その行動が功を奏し、奇跡的に絵画は「かろうじて」生き延びたのです。


ですが、それでも壁画の多くは損傷し、
元の姿はさらに遠ざかることになりました。

 

戦後、イタリアは経済・政治の混乱の中にありましたが、
同時に
“文化の再生”にも力を注いでいました。


なぜなら、自分たちのルーツと誇りは「芸術」の中にこそある
と、国民たちは信じていたのです。

 

そして『最後の晩餐』はその象徴でした。




この絵を復元することは、ただの保存作業ではありません。
それは
「希望の再建」でした。


芸術を守ることで、人々の心の拠り所をつくる。

当時の修復師に課されたのは、
まさに
“文化のいのち”を救う仕事でした。

 

1978年、修復家ピニン・ブランビッラ・バローニが主導する

新たな修復プロジェクトが始まりました。

作業には21年、のべ数千時間が費やされました。


顕微鏡、赤外線、分光分析、X線──最新技術のすべてを投入しながら、

オリジナルの痕跡を見つけ、不要な上塗りを取り除いていきます。

重要なのは、「足さない勇気」でした。


修復師は決して、自分の解釈で“元に戻す”ことはしません。

たとえ画面が不完全でも、失われた部分は空白のままにする。


その「空白」こそが、時代の記憶であり、作者へのリスペクトなのです。

 

修復師は芸術作品を“保存する”ことはできても、“蘇らせる”ことはできません。

けれども、作品と真摯に向き合い、その“命”を未来へつなぐことはできます。

『最後の晩餐』も、
顔の輪郭がぼやけた使徒たちや、色褪せた背景の中にこそ、
500年の重みが宿っています。

 

完璧さよりも、「想いを継ぐこと」。



これは芸術に限らず、教育や子育て、

そして仕事の中にも通じる考え方ではないでしょうか。

 

教育の現場では、子どもたちの“未完成な部分”にこそ、大きな可能性があります。

 

教育の場でも、ビジネスの場でも大切なのは、短期的な解決ではなく、丁寧なプロセスと、信頼の積み重ね。

文化も、教育も、ビジネスも、本質的には「人と人との関係性」でできてい
るのです。

 

 

『最後の晩餐』は、かつて“もう助からない”と思われていた作品でした。


それでも多くの人が諦めず、時間をかけて守り続けたことで、
今も世界中の人々を感動させています。

私たちの暮らしの中にも、
そうした「かけがえのないもの」がきっとあるはずです。


子どもの笑顔や、仲間との信頼関係、日々積み重ねてきた仕事。
時には傷つき、ぼやけて見えるかもしれません。


でも、そこに丁寧に手をかけることで、再び美しい姿が立ち現れてくる。

それこそが、私たちに教えてくれる大切なことではないでしょうか。

 

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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